フルグラは主食になれない

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100人に向けて発信するより1人に向けて発信することの大切さ

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「多くの人に向けて発信している」という気持ちが強くなればなる程、面白みは欠ける。

これは、ブログを書き続けて4ヶ月経つ僕が出した答えです。どんなブログでもそこには必ず想いがあります。しかし、PVへの執着など余計な思考が混ざると、自分の気持ちを乗せた文章がどんどん薄っぺらいものになっていきます。

 

ブログを続ける目的は何であれ、ブロガーならPVを意識してしまいすよね。他人に向けて発信してる時点で既にそう。記事を投稿したら、どれくらいの反響があったか1日のどこかで頭が埋まる。それがブロガーという生き物だと思っています。

これはモチベーションに繋がるので悪いことではないです。むしろ、向上させる為に必要な資料です。ですが、この資料だけを重要視してしまうとつまらなくなると思います。

 

「多くの人=100人の読者」だとします。

100人全員に読んでもらう為に記事を書くのと、100人のうちの1人に向けて記事を書くのでは意味が全然違うと思います。 僕はどちらかというと、前者になっていました。

 

「多くの人が共感してくれるようなことを書く」

くそつまらない凝り固まった考えが、自分の視野をどんどん狭めていきます。こんな自分が嫌になっていました。

誰か1人でも良い時間だったと思ってもらえるようなそんな発信をしたい。

そういう信念を持っていたつもりが、PVはどうすれば伸びるか、検索流入に引っかかるにはどうすればいいか。そんなことばかりを考えるようになり、優先順位が変わっていました。

根底にあったはずのものがどんどん崩れていく…。

 

ブログで生活をしている人は話は別です。経験やノウハウの基に上質な記事を書ける存在であり、結果的に共感を生むような記事を量産しているからです。時間を惜しむことなく努力もしていると思います。

当然憧れもありますし真似もしたくなりますが、そのレベルで記事を書けない僕が個性を出すには何が必要なのか。

 

それは、人間性です。個性とは人間性でもあります。ふざけたことを書いている人も、真面目なことを書いている人も、反響がある記事はそこに人間性があります。

文字に熱い想いをぶつけられるかどうかで、その人の味が出ます。

素人が読みやすい文章なんか書こうとしたら、人の言葉を借りた塊になってしまいます。それは、ダサくてつまらないです。

例え、誰かのブログでインプットしたとしても、自分の言葉でアウトプットしなければ意味がないのです。

 

読者が増えてきたりすると、「もっと良い記事を書かなきゃ!」と誰もが考えると思います。そもそも良い記事なんて読者の評価で決まるわけです。読んでくれた人が面白いと思えば良質な記事だし、つまらないと思う人がいれば考え直すべき。

 

読者全員が評価してくれる記事なんてあるのでしょうか。

いえ、きっと無いと思います。意味のある批判があるから成長できるし、褒めてもらえればもっと頑張ろうと思えます。ブクマコメントが付いたから一喜一憂するのではなく、読んでくれた1人をもっと楽しませられるような、そんなスタイルを貫きたい。素直に思ったことを吐き出せるようになりたい。

その上で、PVなどの評価が付けばすごく嬉しいと思う。それが僕が目指すべきブログスタイル。このスタイルを貫いて、1ヶ月で5万PVとか出せるようになったら自分を少しは評価できるのかな。底辺ブロガーが何を言っているのかと、笑う人もいるかもしれませんがそれも勉強。

 

うーん、長い寝言になってしまいました。